2012年11月

2012年11月10日

近所に特養建築中!

ひーくん、ぶーくん

おはよう。

近所の団地跡地に建設中の建物が、
特別養護老人ホームだと昨日気がつきました。
父母の施設暮らしが長引き、海も関係なくなったら、
こんな近所に入れたらな~と思ったのでした(^ ^;)

備忘録に送ります。続きを読む

at 05:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 兄弟メール 

2012年11月07日

えこおば&きーへのお礼

ひーくん、ぶーくん

入院中、本当にお世話になったえこおば&きーにお礼を送るのはどうでしょう?

昨年、ぶーくんが、送ったクッキーが美味しかったと言っていたので、
教えてくれたら、それを手配しますよ~。
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at 07:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 兄弟メール 

2012年11月06日

11日の父母との相談

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ひーのメール
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了解しました。大筋で、

 (1)全体の方向性としては、今後も父母の海町暮らしを支援する。
 (2)ただし、今回のようなことは今後も起こりうるので、「面倒を見てもらう人(ケアマネージャー)」を変更し、施設も海町中心に変更す る。当面は通所2日+ヘルパー1日とし、今後少しずつ増やしていく。これについては、15日にりーが新しいケアマネージャー候補と一緒に具体的な相談をする。
 (3)父が入院などで家を空けるときは、安全を考え、母は海町市内の施設に泊まれるようにする。泊まり先をどこにするかは、15日にあらた めて相談する。
 (4)父の不在が長引きそうなら、母は海町市内の別の施設(グループホーム)に、長く泊まれるようにする。
 (5)父母ともに身体がきかなくなったら、海町の家をひきはらい、海町市内の特養施設か介護老人保健施設へ引っ越す。
 (6)これまで通り、りーが窓口役で、ぶーがそのサポート、私が経済面をフォローする。施設利用に対する経済的な心配はない。子どもの近くに住めず、寂しいだろうが、あまり知らない親族に面倒をかける窮屈さはない。施設を利用して、なるべく長生きするのは、自分たちの権利と義務だ と思って、ここは頑張ってもらいたい。

という話をしてきます。



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at 05:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 兄弟メール 

2012年11月05日

父母の今後

ひーくん、ぶーくん

祝・父退院決定! まずは本当によかった。

今回は今後について父母、私達も真剣に考えるよい機会です。

場当たり的な母の発言に振り回された2週間でした(笑)でも、昨日、嫌がっていたロックで楽しく、少なくても安心して眠ったという母の姿に、常に母の発言はその時の赤裸々な思いではあるものの、母の統合された真意ではないことがよくわかりました。そして、私達が父母に「今後の指針を断定的に」を示す必要性を強く感じました。

ウチ近所移住に魅力を感じつつも、以下は私の考えです。お二人の考えも是非とも教えてください。もしも、早々に兄弟統一見解がまとまれば、今週末にひーくん訪問の際に話していただけたら(昔の人なので長男の一言は重い?)、助かります。

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●方向性
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既に介護が必要な母よりも、介護を担う健康な父の意向を尊重した方がいい。よって、海町暮らしを支援

遠距離介護となるため、親子それぞれの生活を保てる半面、介護の実際は外部サービスに頼ることとなるので、★外部サービスに頼る親の覚悟が必要★である

また、介護費用がかさむ他、子の帰省に伴う経済的・時間的・体力的・精神的な負担がある

経済的には、基本的に父母の年金内(各月13万程度)で賄える介護保険サービスを徹底利用。兄弟貯金+母からの預かり貯金で遠距離介護経費を賄う。海町に通う者の時間的・体力的・精神的な負担については、行けない者がより多く兄弟貯金に振込、等で協力体制を組む。例えば、兄弟貯金から、交通費等実費のほかに日帰り出張代5千円、泊まり1万円支給など(笑)

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●一般情報
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「アルツハイマー病の症状はゆっくりと進み、症状が出てから約半数が寝たきりとなるまでが約5±3年、死亡までの平均罹病期間は約8年から10年といわれています。一般に発症が若いほど進行が早いといわれています。」
http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000321.html

「健康寿命とは、介護を受けたり病気で寝たきりにならず、自立して健康に生活できる年齢のこと。発表された数字は、2010年は男性が70.42歳で、女性は73.62歳だった。これに対し、同年の平均寿命は男性79.55歳、女性が86.3歳。つまり、男性は9年余り、女性は約13年間、健康ではなくても“生かされている”」
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20120620/Weeklyjn_2047.html

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●平均シュミレーション
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母は現在74歳。73歳にアルツハイマーを発症した平均像は、2年後の76歳で家では看きれなくなり、4年後の78歳で寝たきりになり、7年後の81歳で永眠

父は現在78歳。脱腸日帰り手術の半年後に盲腸入院2週間。病気になりがちな老老介護の疲れと平均寿命・男性79.55歳をふまえると、1年後79歳から何らかの介護を受けるようになって、3年後81歳で施設サービスが必要となり、10年後の88歳で永眠

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●対応
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父に介護が必要になった際も同じケアマネが総合的に対応できるよう、母は海町でケアマネ変更し、通所2日+ヘルパー1日(月2万弱)に切替、症状によって増やしていく。父が入院など家を空ける際は、母は市内ショートスティ。父の入院が長引いたり母が更に症状が進んだら、母は市内グループホームへ(月12~18万)。早めの順番待ちで、父母ともに症状が進んだらに市内特養(月5~15万)または介護老人保健施設(月7~17万)へ

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●私のできること
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ひーくんとぶーくんよりも通えるので、労働力を提供(^ ^;)
夫が現職の限りは、海町保養所に宿泊して家族で通うことを含めて、毎月1回の海町訪問。加えて緊急時訪問
 
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at 06:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 兄弟メール 

2012年11月03日

なー曰く、「ばーちゃんもこっちに住めばいいんだよ」

ようやく、父の退院が決まった。

03、りー家族がロックへお迎え、ぶー泊まり
04、ぶーがロックへ送り、ロック泊
05、ロック泊
06、父退院、母ももどる


今後の父母の暮らし方をどう支えていくか、考えどころ。


なーが生まれて、近所に親戚もいなく、夫は毎晩遅く、
フルタイムで働くママな私は孤軍奮闘だった。
実家に帰ると、母がなーの面倒をみて、ご飯も作ってくれ、
何もしなくてもよく、天国のようだった。

なーが小学生になって、長期休みのときには、
母はなーを東京駅まで迎えにきてくれて、
なーの好物を片っ端から作ってくれて、数日お世話になった。

振り返ってみれば、ウチは本当に実家にお世話になった。
特に母への感謝は言葉に尽くせない・・・

そのお世話になってばっかりだった、なーが、
今回の父の入院で、母が一人オロオロするのを見て、
話す言葉に、なーの成長を感じた。
子供ってすごいな~

「ばーちゃん、なーも行きたくなくても学校に行くんだから、
 ばーちゃんもロックに行くんだよ。行けば楽しんでしょう?」

「ママ、なーよりもばーちゃんのところへ行ってあげて」

「ママ、じーちゃんとばーちゃんもこっちに住めばいいんだよ」


いっそのこと、父母を、こちらへ呼ぶのもいいのかもしれない。
何が幸せなんだろう?

読んでくださって、ありがとうございました
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at 05:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ひとりごと 

2012年11月02日

母が初のお泊り

親切な従姉妹、看護婦のきーと話しても、正解はわからない。
たぶん、正解なんてナイ・・・。

迷いながら、母と父のお見舞い。
母の病院間違いを聞くも、今の父には何もできない。
しかも、退院はまだはっきりしない・・・。

午後は、新しいケアマネ候補わーさんに来てもらった。
ロックが小規模多機能になる前に、3ヶ月お世話になった
ヘルパーさんは融通がきいて、父母も気に入っていた。
このヘルパー会社に電話をしたところ、グループ会社では
ケアマネもしているとのことで、相談したのだ。

わーさんは明るくおおらかな印象。◎だ。
今後どうなるかはまだわかならないけれど、大きな収穫。
海町ディサービスの候補選びと、父退院後の再訪問を依頼。

わーさんが帰っても、まだ迷う。
母の気持ちは尊重したい。
でも、母を一人にしておくのはこわい。。
ロックに泊まってほしい。

「ロックのみんなが泊まってくれなくて寂しいと言っていたよ~」
「あらそう?じゃあ泊まってみようかな」

えっ? うそ! 泊まってくれるの? 

「じゃあ、支度してみたら?」
「1泊ならいつものリュックでいいね」

あら、本当に支度してる。わ~い、やった~

「今晩は夕飯を食べて、寝るだけ。
 明日はロックがお迎えにきたら、はじめてのロックお泊まり。
 そうしたら、なーと3人でお迎えに行くからね。」
「なーも来てくれるの」

ということで、すぐにロックに電話をして段取り。

24、父入院
25、りー日帰り
26、ロック→病院(ロック病院まで送迎、母タクシーで帰宅)
27、りー泊まり
28、ぶー日帰り
29、ロック→病院
30、ロックで昼食後に嘔吐、病院によらず帰宅
31、ロック休み、午後に一人で違う病院へ行ってしまい号泣、りー泊まり
01、りー、ケアマネわーさんと見合い
02、初のロック泊
03、りー家族がロックへお迎え

とりあえず、明日が決まったほっとした。
なーがまっている家に急いでかえらなきゃ。
片道3時間はこたえる。まだ10日足らずなのに疲れた・・

 

読んでくださって、ありがとうございました
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at 07:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ひとりごと 

2012年11月01日

母の徘徊がはじまる!?

きーさん
(ccひー、ぶー、りー夫)

いつもありがとう!!

さて、母の状況を書くので、助言もらえたら嬉しいです。
****************************************
24、父入院
25、りー日帰り
26、ロック→病院(ロック病院まで送迎、母タクシーで帰宅)
27、りー泊まり
28、ぶー日帰り
29、ロック→病院
30、ロックで昼食後に嘔吐、病院によらず帰宅

31、
7時、電話するとしんどそうなので、ロックにディサービスではなく、お弁当配達がてら様子見に来てもらえるよう依頼

8時半、母はロックからの電話に「大丈夫なので来てくれるな」と強く断ったそう

9時、母から二度「ロックに断りの電話をしたいが電話がつながらない」と留守電。「今日はロック休み、りー夜来る」とメモをさせ、一日家にいるように指示

15時、母から「海町病院へ行ったが、父は入院していなかった」と留守電。「バブ医療センター」の間違い、りーが仕事を早退してすぐにむかうので待っているよう懇願
****************************************

父不在の不安感、1人でいることの不安感、睡眠不足で、徘徊もしかねない勢いです(^_^;)

明日は父の病状も聞いてきますが、まだ退院できない場合、私達が顔をだせない金曜と来週平日はどうしたらいいと思う?

嫌がったり調子が悪くても、
1、ロックにショートステイ
2、ロックにディサービス、様子により父病院に立ち寄り
3、自己負担で頼めるヘルパーを探して自宅に2、3時間派遣


19時以降か明朝、電話をもらえたら助かります!よろしくお願いしますm(__)m

 

読んでくださって、ありがとうございました
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at 06:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 兄弟メール